10/30/2015

みちのく神めぐり*Vol.9 『鹿』は最も神聖な神使い・・☆

〜茨城県・鹿島神宮〜

それにしても無謀な思いつきだった。

現実的に考えて福島県〜茨城県〜神奈川県のルートは

トータル600キロ以上の道のり。

時間にして10時間以上運転する事になる。

陸奥国二宮から常陸国一宮へ・・

それでも行きたかったのはきっと伊佐須美と鹿島に共通する

御祭神・建御雷之男神(タケミカヅチ)のお導きであろう。

建御雷之男神は雷神でもある。

雷のようなエネルギーを何処か欲していたのかもしれない。

〜ご神門の中に雷を表すオブジェ〜

それにemyの神社巡りに良くありがちな

『神様繋がり』で神社を渡り歩く事がある。

神様=自分に必要なエネルギー    

そう思っている。

欲を言えば、剣の神様(経津主大神)が奉られている

千葉県・香取神宮もセットで参拝したかった。

しかしどんなにあがいても

千葉県までの移動はワープを使う以外無理だった。

そして鹿島神宮へ到着したのが

ぎりぎり16時ちょっと前だった。

何とか滑り込みセーフと言った感じの参拝になってしまった。

此処も数十年ぶりに訪れたけれど、

凄い神社は何年経っても凄い!笑。

御神徳を頂ける以上の何かを秘めている・・

それが鹿島神宮なのだ。  


奥宮に続く奥参道が、まるで京都の下鴨神社・糺ノ森のように

気持ちが良い・・。


そしてひっそりと佇む奥宮へ到着した時、

今回、全ての『神めぐり』の達成感が一気に押し寄せた。

此処、鹿島神宮平城京の都・奈良県、そしてもっと言えば

広島県・宮島との繋がりは切っても切れないものがある。

それは

『神使いの鹿』

仏教が伝来する前の古代日本は、

動物が人間以上の霊力を持っているとされ

『神』として崇められていた。

その中でも『鹿』は最も神聖な動物で

鹿島神宮も其の名の如く『鹿』が神の化身である。

何故『鹿』が最も神聖とされたのか?

鹿は古代からその優美な姿に人々は魅了し、

生え変わる角は生命が再生するシンボルであり、

その角に神が降りて来ると信じられ

日本全国で神格化されていった。

そして1300年前、平城京の守り神『春日大社』

ある神様をお迎えする事になった。

〜奈良公園の鹿〜
 その神様春日大社の創建を担った豪族・藤原氏

故郷、茨城県・鹿島神宮に奉られている
  
建御雷之男神(タケミカヅチ)で、

その神様を奈良までお運びするお役目をまかされたのが

『鹿』だった。

それで今では奈良公園に行くと茨城県から

やって来た神鹿の子孫が居る訳だ。

良く、鹿せんべいなどをあげる時にやたらお辞儀してくるのは

その時代、神聖な鹿に対して貴族たちまでもがお辞儀をしていて

その姿を見ていた鹿たちが作法を覚えたとされている。

ホントか嘘か解らないけれど・笑。

〜奈良県・春日大社〜
 後もう一つ、面白い伝説は

鹿のお尻の毛の形が鹿島神宮の御神紋・下がり藤

似ていて、

それは鹿島からやって来た神様が他の鹿と区別するために

御神紋と同じ形に焼印したと伝えられている。 

〜鹿島神宮の鹿〜

〜下がり藤〜
この由来から『鹿島神宮』と『春日大社』は同じ神様が

奉られているのだ。

しかし、広島県の宮島に鎮座される『厳島神社』の御主神は

建御雷之男神(タケミカヅチ)ではなく、

宗像三女神・・

それでは何故、平城京の鹿が宮島へと渡ったのか??

其処には平安時代の武将・平清盛が関係している。

春日大社をあつく信仰していた清盛は

同じくあつく信仰していた厳島神社が鎮座される宮島へ

奈良の鹿を連れて行ったらしい。

〜宮島の鹿〜
 なので宮島の鹿たちは奈良の鹿たちの子孫となっている。

実際に宮島の鹿のおしりの形は奈良県の鹿と同じ下がり藤。

これが鹿島〜春日〜厳島へと続く時空を超えた神使いの伝説だ。 

今回、この流れを知ってからの『鹿島神宮』の参拝だったので

鹿島&春日の関係について考え深いものがあった。

仏教では動物を神とは認めていないけれど、

人間以上に鋭い動物的勘や霊力は

神々と繋がっているような気がしてならないと思う。

歴史的に見ても日本の『神道』は本当に面白いと改めて思った。

そして今度は久しぶりに青森県の方も周りたい気持ちでいっぱいになった。 

〜 the end  



〜フェニーチェからのご連絡〜
只今、フェニーチェでは11月2日(月)以降の電話鑑定受付を
開始しております。
鑑定ご希望のお客様は
080-5786-1144 の方へご連絡をください。
               それでは宜しくお願いします。 

   

         

10/29/2015

みちのく神めぐり*Vol.8 里山の氏神様・・☆

〜大内宿の氏神様・
仙台で仕事を終えた後、福島県・大内宿へ向かった。

相変わらず下調べをあまりせず、東北道から須賀川インターを降りて

会津磐梯山を望みながらまっすぐと国道を走る。

左右には広大な稲田が広がっていて

黄金に輝く稲穂がキラキラと風に揺れていた。

思わずはっとする絶景・・。

何て日本の里山はこんなにも美しいのだろうか・・と

思わずため息が漏れる。


山道をしばらく走って行くと大きな橋の角に

『大内宿』

と看板が出ていた。 

もうすぐ到着・・。

でも寸前まで全く江戸時代の情緒は感じられない。

シルバーウィークの最終日。

駐車場に近づいたのだろうか、

いきなり車と人の波が押し寄せる。

仙台から約3時間、大内宿に到着だ。

お昼を過ぎていたのでお蕎麦を頂いてから

観光しようかと思いきや、

有名なお店では待ち時間が2時間近くもあった。

待ってでもそのお店で食べたい!

待ち番号の札をもらって先に観光する事にした。

  
 左右にずらっと茅葺屋根の民家が並んでいて

まさしく江戸時代の宿場町の雰囲気をかもし出していた。

漆塗りの食器や竹細工など様々な民芸品が並んでいる。


 清らかな水に冷やされているビールやラムネに思わず目がいってしまう。

見るからに良く冷えてそう・・。

9月半ばでもこの辺りの風はちょっとひんやりとしていた。

お客様情報で『大内宿のとち餅は絶品!』と聞いていたので

縁側に座っているおばあさんのお店で餅やお漬け物などを

買っていた。

 

そのおばあさんのお店の横に大きなな一の鳥居がでんと構えている。

しかも良く見ると不思議な鳥居で、

木をそのまま天上に引っ付けた何とも素朴な感じの鳥居だった。

鳥居の形にも様々な流派があるけれど、

全くもって村人のオリジナリティーが炸裂していた。

そしてその鳥居の先にはまっすぐの道が続いていて、

何だか気になるのでその道を進むと

鎮守の森にたどりついた。

そして其処には二の鳥居があった。

『高倉神社』

二の鳥居の横に名前が書いてあった。

何も下調べをしていないので

誰が奉られているのか?由来がどうなのか?など

全く解らないけれど、

中から素晴らしい気が流れていたので参拝する事にした。

    
 古い石の階段の参道を歩いていると

清々しい空気が森全体を囲っていた。

(凄い・・何て素晴らしいエネルギー!)

想像以上に素晴らしい聖地で驚いてしまった。

そう・・

たまにこんな素晴らしい氏神様に遭遇する事がある。

本殿まで行かなくてもこの空間の中に身をゆだねているだけで

十分だった。

びっしりと生えた苔は歴史の長さを感じさせられた。

思っていたよりのんびりしてしまって

待ち時間の2時間はあっと言う間に過ぎてしまった。

待った甲斐のある絶品お蕎麦・・。

この美味しさはきっと此処全体を守っている

氏神様のおかげ・・なんて本気で思った・笑。

福島県は他に、陸奥国二宮『伊佐須美神社』

参拝に行きたかった。

伊佐須美は過去何度か足を運んだ事があったけれど

此処、10年以上はご無沙汰だった。

せっかく久しぶりに会津若松方面へ来たので

伊佐須美の神々にご挨拶がしたかった。

東山温泉で1泊滞在した後、早速神社へ向かう。

温泉宿で頂いた福島県産の野菜や釜戸で炊いたご飯は

本当に美味しかった。

東北の温泉宿は源泉の素晴らしさだけでなく、

地野菜やご飯の美味しさ(そして個人的にはお酒・笑)

何時もノック・アウト状態だ。

長時間ドライブの疲れも一気に吹き飛んでしまう。

そして『伊佐須美神社』へ到着した時、

ちょっとした違和感を感じた。

あれ??こんな感じだったっけ??

神門に白い布が下がっていて賽銭箱が置いてある。

確か、神門を抜けると廻廊があってその奥に大きな本殿があったはず?! 

ちょっと記憶を疑いながら神門横の出入り口に入ると

境内はがらんっとしていて、小さな拝殿がぽつりと鎮座されていた。

〜伊佐須美神社の仮拝殿〜
 その拝殿の前には白いテントがはられていて

何時も御朱印を書いてくれていた懐かしいおばちゃんが、

其処に座っていた。

そして良く見ると御社殿造営の為の寄付金をつのっていた。

『7年前に放火で本殿から廻廊まで全焼失してしまったんですよ・・』

衝撃の言葉だった。

歴史を感じさせる素敵な本殿が全焼・・

しかも放火・・

何とも痛ましい惨事。

微力ながらその造営のための寄付をさせてもらった。

『ありがとうございます!あなたの御名前が入ったこの御札は
新しい社殿の中に奉納させて頂きますからね』

いえいえ・・そんな恐縮な・・     

神社は日本が誇る文化遺産。

無くす事は考えられません。

しかも何時も元気にしてもらっているのにね。

そんな事を考えながら仮拝殿の裏にまわると

既に再建工事が始っていて御柱を建てるための

大きな穴が掘られていた。

      
本殿を取り囲んでいた御神木たちまで

被害が及んでいなくて安心した。

きっと鎮守の神々が守ったのに違いが無い。


 そして新しい社殿の完成図を見て驚いた。

まさに会津版・出雲大社!!

約10年後に完成予定らしいけれど、この図を見た時、

何だか新しい福島県が誕生するように感じた。

放火と言ってももしかして神様のいたずら?

こーでもしないとこんな社殿を創建する事が出来なかっただろうに・・ 

必然?偶然??衝撃から変な希望へと変化して行った。

この後、仕事で神奈川県・湯河原に直行しようかと

思っていたけれど、無償に茨城県・鹿島神宮へ行きたくなった。

何かに突き動かされているように・・。

〜to be next 〜  



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